「改めてCREDOの確認の旅」
三本木國喜


 8月22日の小浜学習の旅は、実り多い一日でした。中嶌哲演師から数年にわたっていただいたたくさんの資料を抜粋して、学習の参考資料を20頁ほどにまとめる作業を数日かけてやって、参加者の数だけコピーする中で、自分なりに改めて事前勉強ができたし、瀬戸の九条カーの運転を頼んだ人は、平和運動などでよく顔を合わせる人ですが、彼は信者ではないのでゆっくり話す機会がなかったのに、布池〜瀬戸の往復2時間は、二人でいろいろ話ができて、これも一つの収穫でした。

 小浜までの往路は、若狭の原発阻止運動について、或る程度の学習ができたと思いますが、トンネルに入ると字が読めずにしばしば中断したのは少し残念でした。帰路は、美浜原発に立ち寄って、遠くから眺めて(というのは5時を過ぎていたので、展示館にははいれなかった)、水晶浜で記念写真を撮って、あとは難しい学習はなし、自由におしゃべりするなり眠るなりするのも結構、ということにしました。

 ところが、私が昔は空海の真言宗ではないが、同じ仏教の禅に入れ込んでいたと言ったら、「そのあなたがキリスト教の信仰に入って、何が一番良かったか」という難しい質問がありました。そこで、「自分の生きる道がはっきり見えてきたことが一番良かった」と答えました。ところが折角こんな模範解答をしたのに、たたみかけて、「その動機は何か」と尋ねられました。そこで、40年前にヨーロッパへ行った時、二度にわたって、全く同じ言葉で神様に呼びかけられたことを話しました。一度はチューリヒの郊外の山道を散歩していた時、二度目はベルリンのコンサートの中で。

 チューリヒの山道に大きな岩が張り出してあって、そこに素朴な字が彫ってありました。見ると“CREDO IN UNUM DEUM”――――――――それだけで、彫った人の名前も日付もありません。その言葉は、信仰紅白の最初の行の「我は信ず、唯一の神を」だということは、後で分かりましたが、山道でまったく予期せずにその言葉に出会った時、未信者ながら強い感動を受けました。

 二日後、ベルリンに行って、運良くベルリン・フィルハーモニーのチケットを入手できたので、聴きに行きました。曲目はバッハの「ミサ曲ロ短調」。そのころ私は、ミサには縁がなかったのですが、バッハが好きだったのです。ところが第三楽章に入ると、その最初の行がなんと“Credo in Unum Deum”です。二日前にチューリヒの山道でぶつかったのと同じ言葉が、まだここに!これには感動を通り越して、畏れ慄きが全身を走りました。もう駄目だ。神様にここまで追いかけられては、逃げられない。そして神様と約束しました。「名古屋に帰ったら、必ず教会に行きますから、あと一週間は勘弁してください。」

 これが私の召命だったと、自分ではそう思っています。そんなことを帰路のバスの中で、隣の席の人と話しながら、楽しい旅を過ごしたのでした。

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