■「幻覚の代償」シンナー汚染(8)

毎日新聞平成2年7月18日掲載


 「十六才からシンナー浸り。高校時代は、シンナーを売ったし、(暴力団)事務所に出入りして、栄(さかえ)でシンナーの売人もやったんです」

 名古屋市内の自宅のソファにあぐらをかいて、ケンタ(19才)=仮名=は話を始めた。

 愛知県はシンナー少年の補導数が昨年一年間5632人と全国1位。過去4年間、大阪府と上位を争う「シンナー先進県」だ。福岡県は昨年一挙に70%増の5061人に達したが、愛知はその上を行く。

 シンナー少年のたまり場は名古屋の繁華街・栄。週末の深夜になると、栄のセントラルパークの噴水周辺が取引場所になる。クルマで乗りつけた少年たちが、缶をくわえてうろつく。愛知県警少年課次長の出原伸平は言う。

 「シンナー密売が暴力団の資金源になっている。16リットル缶を約3,000円で仕入れて300ccのソーダ瓶に小分けして一本5,000円で売る。一缶で約25万円のもうけ。去年は150缶売った組があった」「組員が携帯電話を持っていて口コミで番号を知った子供たちから注文を取るんです」

 ケンタは「シンナーやめてまじめになった時期もある。でもやめられなかった」と振り返る。シンナーを吸っての暴走、ひったくり、万引き。ついにはスーパーに強盗に入った。「酩酊(めいてい)状態になっているから、記憶がない。気がつくと留置場にいた」とケンタは告白した。

 精神病院に入れられた。体からシンナーが抜けて病院を脱走したときに自分の惨めさを痛感した。パジャマ姿のままだった。やむなく組事務所に転がり込んで金を借り、服を買って、それから家に戻った。

 両親は「なにしにきた」とケンタをののしった。「ダルクに行け。お前はもうそれしかない」

 「ダルク」とはボランティアによる薬物依存者のためのリハビリテーションセンター。ケンタのために悩み苦しみ抜いた両親が、たどりついた最後のとりでだった。ケンタはダルクに行った。ほかに行くところがなかった。


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