1 安倍内閣及び自民党・公明党の設定した参議院選挙の争点は、「アベノミクス」であり、これに対し、民進党、共産党、社会党等の論点は、「アベノミクスの批判」と「憲法改正問題」と報ぜられています。しかし、主権者である国民が評価すべきは、2012年12月に成立した安倍内閣の3年半にわたる政治の目的とその中間的目的である手法並びにその成果こそが吟味、評価すべき対象です。
2 次に記載するこれまでの安倍内閣の政策を通観すると、共通する際だった特徴、傾向が浮かび上がってきます。
ク 日本銀行は、中央銀行としての金融政策決定の自主性(独立性)と政策決定の内容及び過程を国民に明らかにすべき透明性(説明責任)が求められています(日本銀行法第3条)。ところが、安倍内閣は、トリクルダウン理論に基づくアベノミクスを実施するため、全面的に同調しようとしない前総裁白川方明を退任させて、黒田春彦を総裁として起用しました。黒田総裁のいわゆる「異次元の金融緩和」が1本足打法といわれるアベノミクスの真の実態です。この経済政策の成果は、安倍首相の目論みに反して日本のみが経済の回復に失敗している現状を先日の伊勢サミット首脳会談で露呈してしまいました。それでも安倍首相らは失敗を認めようとしませんが。
ケ NHKは、外部有識者12名からなる経営委員会を経営方針、会長人事等を決議する最高機関としている組織です。その経営委員は衆参本会議での同意を経て内閣総理大臣が任命する定めです。公共放送の政治的中立性を維持するため、両院の同意は、与野党一致が慣行でした。ところが、安倍内閣は、この慣行を無視して安倍首相のかつての家庭教師で安倍支援の財界人の集まりである「四季の会」のメンバーである本田勝彦、同じく同会のメンバーである中島尚正、保守的論客長谷川三千子等個人的にも親しい人たちを選任し、物議を醸し続けている籾井勝人をNHK会長に選任させました。その後の公共放送どころか報道機関としての使命さえ忘れがちなNHKの報道姿勢の評価は国民に定着しています。そしていまや事態は「クローズアップ現代」の国谷裕子(NHK),「報道ステーション」の古舘伊知郎(テレビ朝日)、「NEWS23」の岸井成格(TBS)の各看板ニュースキャスターが相次いで降板せざるを得ない程に報道規制が強まり、民主主義の基礎である報道の自由が大きく失われてしまう段階に至っています。
コ 安倍首相は、「内閣の法律顧問」とも呼ばれる内閣法制局が終始「集団的自衛権の行使は憲法上、認められない」としてきた立場を強引に変更させるために、自衛隊の海外での活動を広げて、日本の国際的地位向上を目指してきた組織である外務省条約局の出身である小松一郎を2013年8月2日、宿敵ともいうべき組織である内閣法制局の長官に任命した。これも三権分立と同じく権限の分散と相互のチェック機能を重視する民主主義の原理に反する決定である。
この人事の結果、小松法制局長官から集団的自衛権行使の限定容認論を引き出した。
サ その上で強引な議事進行により最後まで国民・国会への説明を極力避け、戦争しない国から歯止めもない戦争できる国へと百八十度転換する安保法制を成立させました。しかも、「集団的自衛権の行使」を定めた規定は、行使の条件を厳密に満たす場合が現実に発生するとは思えない事態を想定したものであり、逆に集団的自衛権の行使に至らないとして上記行使の要件を定めていない「重要影響事態対処」や「国際平和共同対処」は、国際法上、明らかに集団的自衛権の行使に該当するものが含まれている上、想定する事態には当然に戦闘に巻き込まれてしまう事態に発展することが予想される事態を定めており、「集団的自衛行使の規定」と矛盾する不整備な規定になっています。
この重要な法案を主権者である国民に説明する以前の2015年4月29日、安倍首相は、米連邦上下両院合同会議で演説し、「安保法制の整備により日米同盟はより強固になります。法案はこの夏までに、成立されます。」と権限を有しない国会での法案成立を約束しています。何と恥ずべき行為でしょう。
シ 安倍政権は、最初の憲法改正は「緊急事態条項」とすると明言しています。緊急事態を理由に近代憲法の根本的原理である国家権力から国民の人権を護る「立憲主義」、「三権分立の原理」を一時停止する危険な制度であり、現行憲法制定議会の審議により、明治憲法時代の濫用、ナチス・ドイツの濫用等から意識的に憲法に規定を置くことを避けたものです。また、アメリカ、ドイツ、フランス等においても、できるだけ憲法上に規定を置くことを抑制し、法律に具体的な緊急事態の種類により必要最小限度の範囲で権限を誰に与えるかを慎重に考慮した立法をしている。これに対し、自民党の憲法改正草案は、全く過去の反省を踏まえることなく、具体的な必要性を検討することなく、憲法上、緊急事態を自然災害まで含めて羅列し、その効果として各緊急事態の特質を考慮せずに、一律に内閣に「法律と同一の効力を有する政令を制定できる」とし、予算の裏付けなしで「財政上必要な支出その他の処分」を行うことができるものとし、あまつさえ、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」としており、国会の立法権、裁判所の司法権、地方自治体の自治権まで奪って、一切を政府に委ねてしまう実に危険な制度設計であり、ナチス・ドイツの二の舞の危険性が予想されます。
ス これらに加え、行政権が秘匿したい事項を特定秘密に指定して事実が漏れないように刑罰で威嚇して防止しようとする秘密保護法まで粗雑な審議のまま成立させています。基本的人権に大きな影響があるのに、特定秘密の指定が適切かどうか実質的審査ができるのは内閣総理大臣一人というとんでもない内容の立法です。
セ 国の将来に大きな影響を及ぼすTPPの閣僚会合による大筋合意が成立したことに伴い、国会における審査が開始された。しかし、国会が要求した交渉経過についても殆ど黒塗りされた記録しか提示せずに国会の審議が中断している状態です。交渉中であることを理由に情報の開示を拒んでおきながら、審議のための開示も拒否する安倍内閣の議会制民主主義の理解には寒気さえ覚えます。
3 国民の人間としての尊厳に関する政策にも同様の問題が見られます。
ク 安倍政権は、かつて明言した脱原発の方針に背き、原発の運転を再開し、運転期間を延長する方針へと突き進んでいます。専ら実験を繰り返すことによって安全性、確実性の精度を高める手法に頼る科学技術において、原発は巨大なエネルギーを扱う技術であるが故にその手法を利用できず、また安全性が確立していない以上、もともと過失の多い人間にとって予想外の再度の深刻事故による多くの人命、健康、生活の地を失わせる致命的な損害を発生は避けられないのに、投下資本を惜しんで敢えて危険を冒す原発政策を選択している。人間の尊厳に基礎を置く日本国憲法の価値観とは全く異なる立場の政策です。
ケ 安倍政権は、トリクルダウン理論に基づく経済政策を標榜し、円安誘導による当面の輸出企業の利益を上げることと、インフレによる消費増大を宣伝したが、円安による輸入物価の上昇と製造コストの増加に苦しむ中、大幅な利益を上げている法人に対する税の軽減政策を断行し、いよいよ資産の格差拡大を招いています。誰のための政策かはいうまでもないでしょう。
コ 沖縄の基地問題における政府の態度は、国民の希望をまるで顧みない姿勢に終始している。これは安保条約、日米地位協定上、沖縄に固有の問題ではなく、本土等においても完全に同じ法的位置に立つもので、政府が国民の意向を尊重するとは考えにくい姿勢です。
サ 北朝鮮による拉致被害者ら、ISIL及びその他のテログループによるジャーナリスト後藤健二さん、安田純平さんらの拘束事件において、政府は、実質的には傍観者に終始し、主権国家として拘束?らとの直接交渉を拒否し、一貫して国民を見捨てる態度をとり続けています。
4 以上の安倍内閣の現在までの主な政策や政治日程を通覧すると、国民主権、基本的人権、平和主義に立脚する憲法に背く政権運営に終始してきたことがよく分かります。しかもそれが憲法秩序、立法の趣旨、長年の安定した慣例に敢えて挑戦してきていることもはっきりと見て取れます。ここに安倍政権、それに唯々諾々と追従する自民・公明与党政治の本質的問題点があります。単にアベノミクスの成否や憲法解釈の違憲合憲の問題を超えた重大な問題です。かつて安倍首相の盟友である麻生太郎副総理が2013年7月29日、日本政府に対する政策提言を主な目的とする(財)国家基本問題研究所月例研究会での講演で、「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰にも気づかれないで変わった。あの手口を学んだらどうか。」との言葉どおり、ナチスの手法をよく学んでその用語まで模倣して利用してることが推測されます。例えば、@「強いドイツを取り戻す」…『戦前の日本を取り戻す』、A独裁を「決断のできる政治」…強行採決等を『決められる政治』、B戦争の準備を「平和と安全の確保」…戦争法を『平和と安全保障』制度、C「国土を強靱化する」…『国土強靱化政策』という類いです。またナチスの、「国民を指導者の意のままにすることは簡単だ。自分らが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。」
「 平和主義者を愛国心のない人々で国家を危険にさらす人々だと非難すればいいだけだ。
これらの手法は、どこの国でも通用する。」との言葉も、安倍首相の尖閣諸島をめぐる紛争の利用の仕方や野党を避難する時の表現とは基本的に共通する考えによるものだろう。
安倍政権が憲法改正の最初の事項を「緊急事態条項」に狙いを定めていることからもナチスを見習い緊急事態条項を利用して独裁政治の確立を思い描いていることは間違いないでしょう。ただし、その対米従属的な姿勢と「戦前の日本を取り戻す」との目標とがどのような折り合いをつけてるのかよく理解できません。いずれにしろ安倍首相は、言葉に責任を持たず、恥ずかしげもなく言葉を変え、重大な言動がまやかしに満ちているのも目立った特徴の一つです。
このような政権に今後も国の運営を委ねるなら、我が国社会は、遠からず経済か、戦争か、原発かによる破綻は免れないと確信しています。
以上
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