ももちゃんの一分間説教

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今週の一句

「雨になり 土に染み入り 弥生なり」

―もとゐ―


 2003年3月2日() 年間第8主日

 マルコによる福音書2章18〜22節


02:18ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」
02:19イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。
02:20しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。
02:21だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。
02:22また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」

 イエスの働きに人々は驚きました。
 イエスの新しさは、神の近さ、神が共にいてくださる方であることを証ししたことです。病人や貧しい人々を神が愛しておられることを。まさに、神は人が「アッバ」と呼べる方であることを。
 その当時のユダヤ教では神は遠い、遠い存在でした。指導者たちは律法という垣根を何重にもめぐらして人々、特に、病人や貧しい者たちが神に近づくことをできなくさせていたのです。当然、神は近い、と宣言するイエスを異端視するのでした。
 さて、神は近い、神から人の方へやって来た、とするイエスにとって、「今」は婚宴に比する祝祭の時なのです。したがって、悔い改めの「断食」をする必要は全くないのです。
 むしろ、私たちはこの「今」を喜んで頂戴し、感謝して人々と分かち合うことを呼びかけられているのです。イラクなど、戦争、暴力に苦しむ人々がこの喜びに加わるようあらゆる戦争、暴力に反対しましょう。

今週の一句

「いぬふぐり 耕す前の 畑の主」

―もとゐ―


 2003年3月9日() 四旬節第一主日

 マルコによる福音書1章12〜15節


01:12それから、"霊"はイエスを荒れ野に送り出した。
01:13イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。
01:14ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、
01:15「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

 イエスの新しさは神の近さ、親しさを身を持って人々と分かち合ったことでした。
 けれども、その当たり前の大いなる喜びを心地よく思わない人々もいました。それは、現状の秩序によって権威と名声と,富を得た人々でした。彼らはユダヤ教の正統性や伝統に訴えてイエスの過ちを人々に明らかにしようとし、それが駄目な時は、武力を持ってイエスを迫害したのです。まさに、荒れ野におけるサタンの誘惑でした。
 しかし、神はイエスの正しさを復活によって証明しました。平和が武力ではなく愛によってこそもたらされることを証しするように。
 私たちもこの神に信頼し、天使に守られて、世にイエスの働きを広めて行きましょう。

今週の一句

「野宿者の 炊き出し待つに 戻り寒」

―もとゐ―


 2003年3月16日() 四旬節第2主日

 マルコによる福音書9章2〜10節


09:02六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、
09:03服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。
09:04エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。
09:05ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」
09:06ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。
09:07すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」
09:08弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。
09:09一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。
09:10彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。

 神の守りのうちにこの世を歩め、とイエスは招きます。
 ペトロらの直弟子と違い、私たちはイエスの復活を知っています。それゆえ、神の国の宣教における十字架の苦難が喜びになることを信じています。しかし、それでも弱い私たちは目先の欲に負け、十字架を避けたり、放棄したりします。ペトロの仮小屋を作るとの言葉は、宣教を止めて、神殿を拵え、礼拝だけにしよう、との弱音ではなかったでしょうか。私たちも、宣教に出かけることなく、ミサ礼拝だけの安易に流れないでしょうか。
 私たちキリスト者の生は礼拝を根元とした、宣教であり、十字架につながることを忘れないようにしましょう。

今週の一句

「花木蓮 こぶし突き上げ 平和呼ぶ」

―もとゐ―


 2003年3月23日() 四旬節第3主日

 ヨハネによる福音書2章13〜25節


02:13ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。
02:14そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。
02:15イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、
02:16鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」
02:17弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。
02:18ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。
02:19イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」
02:20それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。
02:21イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。
02:22イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。
02:23イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。
02:24しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった。それは、すべての人のことを知っておられ、
02:25人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。

 神との親しき交わりを基に宣教に励もうとイエスは呼びかけます。
 ペトロの望んだ神殿は一度建立されると、権威化、制度化、組織化され神と人との距離は一層遠くなってしまいます。当時のユダヤ教のエルサレム神殿は貧しい人々をより搾取し、病人、女性、子ども、異邦人を差別していました。神の近さを宣教するイエスからすれば、激怒せざるを得ないのです。イエスはそのような神殿や宗教を仲介するのではなく、自分を介して神との交わりをすることを訴えたのです。
 私たちも人を、また、自分自身さえをも神から遠ざけているのではないかと省みましょう。

今週の一句

「風光る イラクの空は 硝煙充」

―もとゐ―


 2003年3月30日() 四旬節第4主日

 ヨハネによる福音書3章14〜21節


03:14そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。
03:15それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。
03:16神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
03:17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
03:18御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。
03:19光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。
03:20悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。
03:21しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

 イエスは神殿を建てたり、神殿に依拠する信仰を止揚し、ご自身に身を投じて生きるよう招かれます。
 福音記者ヨハネは、イエスの磔死に神の栄光、即ち、人間とこの世界を救う、神ご自身を与え尽くす働きを見出しました。今、この世界は自己を絶対正義とし、自分を守り、利益を確保するため他者の生命、財産を奪い尽くす勢力が我が物顔になっています。そこには、殺し合い、奪い合い、嘆きと憎悪の渦しか見ることはできません。
 戦火続く今だからこそ、私たちは無となり、ゆるし、与え尽くすイエスの生き方に安堵を覚え、幸いを見出すのではないでしょうか。
 十字架のイエスを仰ぎ見、イエスの後について行きましょう。


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