今週の一句
草木揺れ 光こぼれる 梅雨晴れ間

―もとゐ―


 2019年6月223日(日)
 キリストの聖体

 ルカによる福音書9章11b節-17節

9,11b 〔そのとき、イエスは群衆に〕神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。
9,12 日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」
9,13 しかし、イエスは言われた。「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」彼らは言った。「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません、このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり。」
9,14 というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。
9,15 弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。
9,16 すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。
9,17 すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。

 福音書は各地のイエスに関する様々な伝承を収集して、福音記者がそれぞれ編集して成したと言われる。その伝承には、病気癒し、嵐の鎮め、湖上歩行、そして、パンの増加の奇跡伝承、等があった。パンの増加の奇跡は、イエスとの出会いが飢えた人々にとってお腹を満たす神の働きだと受け止めたのだろう。ルカはその奇跡の場面を聖餐式として描いている。つまり、聖餐式とは飢えた貧しい人たちとイエスと弟子たちが自分たちのパンを分かち合ったことを忘れてはならない、と言いたいのだろう。確かに、パウロのコリント第一の手紙によれば、聖餐式と「愛餐」が一体しているものとして伝えている。即ち、主のパンを相応しく食べるために、豊かな人は我先に食べず、貧しい者に恥をかかせないように分け与えなさい、と勧告しているように。 

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