今週の一句
朝の雨 濡れて艶やか 草紅葉

―もとゐ―


 2015年11月11日(日)
 年間第32主日

 マルコによる福音書12章38節-44節

12,38 〔そのとき、〕イエスは教えの中でこう言われた。「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、
12,39 会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、
12,40 また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる。」
12,41 イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。
12,42 ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。
12,43 イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。
12,44 皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」

 イエスの関心はガリラヤの貧しい人たちが、いかに幸いな人生を送れるようになるかであった。前々週の盲人バルティマイが、道端で蹲り、物乞いでしか生きられなかった彼を立ち上がったように。

 従って、貧しい人を更に貧しくさせ、律法の重荷を負わせる人たち、体制、仕組みには批判せざるを得なかった。

 今回の貧しい寡婦の献金を称賛するイエスの姿は似つかわしくない、彼女の信仰心を利用してさらに搾取する体制を非難して当たり前なのに、彼女を称える発言には首をかしげる。教団を形成し、神殿を建立すれば、当然、維持管理には金や、権威、権力が必要だ。そうならない、イエスのグループになれないのだろうか。

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