「神」と「富」 名古屋ダルク後援会代表 竹谷 基 年が明けて早、三月。幸あれと、明るい新年を迎えたが、幻になってしまったようだ。戦慄するような暗いニュースが続き、なかでも、「イスラム国」の暴力、二人の日本人拉致殺人には震撼せずにはいられなかった。そして、中東はじめ世界の紛争にキリスト教会が何もしないことに、自分も含め忸怩たる思いにならざるを得ない。それら世界の紛争は元を正せばキリスト教国である欧米の植民地政策によるものだ。従って、欧米が積極的に和平への働きをしなければならないが、石油等の利権を巡り更に悪化させているのではないだろうか。つまり、キリスト教国であるにもかかわらず、欧米は経済的利益優先で人間の生命・人権は二の次にしている。正に、聖書の言う、人は「神と富に仕えない。」(マタイ6・24) さて、「イスラム国」問題やシリア内戦のあるシリア・パレスティナ地域は何と今から5000年も前、古代オリエント世界の時代から現代に至るまで戦争が絶えず続いている。と言うのは、この地域にはまず国際道路が繋がり東西また地中海への交通の要所、商業貿易の中継地であること。そして、古代オリエント世界では唯一の雨が降るため肥沃地、一大食料生産地のイズレル平野があることから、東西のメソポタミア・エジプト両大帝国の支配権確立にはなくてはならないところである故、奪い合いの戦争が絶えない。また、東西大帝国の狭間であるこの地域には小さな都市国家が乱立し、各都市国家は大帝国の属国となり生き残ろうと絶えず争い合っている。その都市国家の一つが古代イスラエル国だ。もともとヘブライと言われた古代オリエント世界の難民たち(羊・山羊の遊牧民、出稼ぎ労働者、逃亡奴隷、債務者、犯罪者、傭兵、等々種々雑多な人の集まり)が紀元前1300年頃からパレスチナの空白地帯、農地には適さない中央山地に侵入し、やがて、小家族定着、部族連合体、王国を成した。その歴史を旧約聖書ではエジプト脱出―荒野の旅―カナン侵略―定住―王国成立―滅亡の歴史物語として描かれている。 ヘブライが他国から身を守るため連合体を結成したとき、中心理念としたのがヤーウエ思想だ。ヤーウエと言う名の神が提示された人間の生き方、共同体のあり方の指針を民が守ることを約束して連合体を成立させた。ヤーウエ思想の中心は「神の前では、人間は自由・平等・独自な存在である。」と言う人権宣言だ。この人権思想はヘブライという難民の苦悩に満ちた生活から生み出された。何故なら、ヘブライの民は大帝国で生産者奴隷として絶対者である王に仕える生き方(古代オリエントでは当然のこと。)を拒否し難民となった、または、帝国から追放・排除された人々であるが故に、同じく王を頂点としたヒエラルキー社会を作ろうとは思わなかったのだ。奴隷を拒否することは、「富」のおこぼれに満足するのではなく、平等に分配することとなる。王は帝国の富の追求のため、生産者を奴隷として搾取、強奪し、他国に侵略し植民地とする。(明治以来、日本も同じ道を辿った。)ヘブライはその王を拒否するから、和解と正義が尊重される。そのヤーウエ思想を中心理念として結成された部族連合はやがて紀元前10世紀にダヴィデにより古代イスラエル王国となるが、肥沃なイズレル平野のあるガリラヤ地方を擁していたため、経済的繁栄をもたらした。しかし、それは民を困窮化、貧困化し支配者層は贅沢三昧の格差社会、ヒエラルキー社会とした。「預言者」と言われる人が立ち替わり現れ、契約を交わしたヤーウエ思想に戻るように再三警告したが、「富」に従う彼らは無視し続けた。結果、前6世紀にバビロニア帝国によって滅ぼされた。ヘブライは平等社会を目指したけれど、ついには、経済的豊かさ、「富」の追求により、滅亡に至った。つまり、ヘブライの民は「神」に従うのではなく「富」に仕えたのであった。旧約聖書にはその顛末が歴史物語として書かれている。それは、2500年前の話しではなく、現代の事でもある。「イスラエル国」の問題の発端もそこにある。日本での憲法改悪、原発再稼働もだ。 経済的利益より人権・生命尊重を第一にする生き方をまず身近から取って行くことが、今、求められている。薬物依存者のリハビリに関心を向け、協力することはその一つではないでしょうか。 どうか、みなさまの名古屋ダルクへのご理解・ご協力を頂きますよう、お願いいたします。
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